コンプレックスを武器にする勇気。

この世の中で一番強い者。

自分の長所で思いっきり勝負する人間よりも
自分のコンプレックスを武器にする人間の方が強い、と。

自分自身のコンプレックスを[=劣等感]と捉えるのではなく、
自己成長の[ツール]だと捉えられるかどうか。

 

どうも。おはようございます。
パケマツ広報部のオオタマサノリです。
今日もありがとうございます。

 

昨日放送された、「ひとり芸日本一」を決める「R-1ぐらんぷり2018」。

盲目の漫談家・濱田祐太郎がR―1優勝! 賞金500万円ゲット

なんと優勝したのは盲目の漫談家・濱田祐太郎。

ゆりやんレトリィバァなど、優勝候補がひしめく中で見事圧勝。

 

 

しかし、この優勝は当然の結果だったのかもしれない。

彼のネタを見れば一目瞭然。

 

コンプレックスどころか、目が見えないという絶対的な障害を
プラスに変え、笑いに変える前向きさがあるということ。

このネタを見た時に生きる強さを感じました。

 

一個の道具のように自分を分析しなさい。

自分自身に対して100パーセント率直でなければなりません。

欠点を隠そうとせずに、正面から向かい合うのです。

オードリー・ヘップバーン(女優)

 

 

人は誰しもコンプレックスを持っている。
(彼の場合はコンプレックスを超えたものなのかもしれないが・・・)

私も実はコンプレックスがある。

まぁ正直言って、大小合わせれば、ここでは挙げきれないほどのコンプレックスの数。
身体的コンプレックスから、自分自身の短所も含めて・・・。

 

何よりも一番のコンプレックスは、
「極端にまわりを気にする性格」という短所。

 

そもそも昔から、人と比べられ、競争の中で生きてきた私にとって、
「評価」は常に「絶対評価」ではなく「相対評価」だったのだ。
そう。人と比べられること自体が劣等感のはじまりなのだ。

自分は出来ない。適性がない。向いていない・・・。

 

今でこそそんなネガティブワードは消え去ったものの、
やっぱり「まわりを気にする自分」は消えないなー。

 

 

でも最近思ったんです。

「まわりを異常に気にする」っていうことは、
「相対評価」の結果、自分はどうであるかを客観的に分析できる力があるということ。

そう。ということは考え方によっちゃ、「他の人と違う」部分を明確にイメージできる。

 

自分の身のまわりはみんな○○だ。
それに比べて私は△△だ。

でも、△△って明らかに他の人と違う。
そう。これって「個性」じゃん!

 

まわりを気にする生き方っていうのも、意外と悪くないかもしれない。

関西弁で言うところの「気にしい」が意外と武器になるかもしれない。